ジュエリーワンダーラスト

エシカルジュエリーブランドの立ち上げ準備の記録と海外暮らしについて。

害を為すことなかれ

私が通っていたイギリスの大学院には、年に一度希望する生徒を募ってアフリカの1国を訪れる「スタディ・ビジット」があった。私の年はガーナで、私はもちろん参加した。それまで訪れたことのあったアフリカの国は、観光で行ったモロッコだけだったので、初めてのきちんとしたアフリカ訪問だった。

 

他のメンバーは私のような日本人のほかに、スイス、カナダ、アメリカといった欧米出身もいれば、ケニアジンバブエソマリアなどアフリカ出身者もいたが、共通点はイギリスの大学院に留学するくらいの余裕がある、ということだった。

 

ガーナでは、現地NGOや行政職員などいろいろな人の話をきいた。しかし、私がその滞在中最も影響を受けた人物は、私たちのバスを運転してくれた地元のドライバーだった。

 

私たちは最初の数日を首都アクラで過ごした後、かつての奴隷貿易の取引所があったケープコーストへと移動した。奴隷貿易の負の世界遺産であるケープ・コースト城ではガイド付きで歴史を学んだが、抱いた感情は饒舌に尽くしがたい。次訪れるときは絶対に献花しようと決めている。

 

ケープ・コースト城を訪れたその夜大雨が降り、私たち一行は宿泊先のホテルへ大急ぎで向かった。ドライバーはびしょ濡れになりながら私たちの荷物の荷下ろしをしてくれ、各々自分の荷物を部屋へと運んだ。その後夕食を取るためみんなで食堂に集合したのだが、ここで誰かがこう言った。

 

「ドライバーさん、バスに泊まるんだって」

 

私たちは耳を疑った。彼は全身びしょ濡れだし、一刻も早くシャワーを浴びてベッドに入った方が良い。全員そう思ったし、そもそも私たちだけホテルに宿泊して、彼だけ車中泊なんてそんな差別的なこと許されるわけがないと思った。

 

すぐに引率の先生に抗議に行った。なぜドライバーの部屋を取っていないのか、費用はこちらで負担するべきではないのか。

 

西アフリカ出身の先生は落ち着き払ってこう説明した。

「彼には賃金とは別に、宿泊費に値する日当を払っている。車中泊をするということは、彼はそれを自分の宿泊費に充てず、持ち帰って家族のために使うこと選んだということだ」

 

生活に余裕のない国の人々は、往々にして渡された日当を節約する、ということが普通のようだった。この先生の説明を聞いて私たちは引き下がったが、納得したわけではなかった。その後も延々この件について話し合ったが、結局どうすることが「正しい」のかは最後までわからなかった。

 

これが初めて私が、「現地の慣習を尊重すること」と「(自分の信じる)倫理的に正しいことをすること」のジレンマに直面した時だった。

 

その後発展途上国に関わる仕事をするようになって、これは日常的に直面するジレンマで、すでに偉い学者が議論済みの問題であることを知った。途上国と言っているが、日本でだってどこでだって起こり得る。その地域にはその地域の慣習があり、部外者は説明されても簡単には理解できないことが多い。ただし、「現地の人がそう言っているのだから」と何も考えずにいると、実はその慣習のせいで苦しんでいる人々の存在が見えなくなったりもするだから常に考え続けて行動を決めていくしかないのだ

 

その都度考えてはいくのだが、絶対に守らなくてはいけない前提がある。それが「Do No Harm(害を為すことなかれ)」の原則である。例えば、途上国の収入が低い人のために、工場を建てて就職口を作ったとする。しかし、もしその工場が汚水を垂れ流し、さらに工場長が雇った従業員にセクハラパワハラをしたとする。これは「現地の人を助ける」という建前で、実際は人々に害を為している、ということになる。つまり「Do No Harm」は、「例え支援をする意図だったとしても、結果として自分が介入する前より現地を悪い状況にしてしまうことは許されない」ということだ。エシカルビジネスを運営する人間は、何か解決したい社会問題があってそのビジネスを運営しているわけで、大体環境問題や人権問題に関与することになる。関わる機会があるということは同時に、自分が加害者になるリスクを常にはらんでいるということだ。そのことを自覚し、「Do No Harm」の原則を十分理解していなくてはならない。

 

また、「可哀そうだから」という理由で恵まれない人々に手を差し伸べる、という時代はとうの昔に終わっている。過去のフェアトレードがいまいち成功しなかった理由は、商品の品質やデザインで勝負せず、人々の同情心に訴えるビジネスが蔓延ったことにあると考えられる。近年知名度がどんどん上がっているエシカルビジネスはどうであろう。確実にエシカルビジネスの数は増えてきているし、扱う商材もエシカル抜きに欲しいと思えるような、デザイン品質ともにこだわったものがたくさんあると思う。しかし同時に、すでに「グリーンウォッシュ(企業が環境配慮をしているように装いごまかすこと)」という言葉が出てきているように、消費者に不誠実な企業ももちろん存在する。

 

一人一人のエシカルビジネスオーナーがどういった態度を取り、どんな物を商品として扱っていくのか、消費者は常に見ている。私も自分のビジネスに対しても、いち消費者の「自分が買う立場だったらどう思うか」という視点は常に持ち続けたい。

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道端で売っていた揚げパン。油が古いだのどうこう言う輩がいるが、こういうのが一番おいしい。